大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3998号 判決

原告

金澤吉辰

被告

拓進運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告に対し、一〇〇〇万三七六九円及び内金九〇〇万三七六九円に対する昭和六〇年一〇月五日から、内金一〇〇万円に対する昭和六三年四月一二日(被告拓進運輸株式会社は同月一三日)から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告に対し、三一五五万三一九〇円及び内金二八三九万七四四六円に対する昭和六〇年一〇月五日から、内金三一五万五七四四円に対する昭和六三年四月一二日(被告拓進運輸株式会社は同月一三日)から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 昭和六〇年一〇月四日午後九時五五分ころ、原告が、自転車(以下「原告車」という。)を引きながら、福島県郡山市喜久田町堀之内字千杯田一六番地一先の歩車道の区別のある道路(以下「本件道路」という。)の歩道上(以下「本件事故現場」という。)をいわき市方面から熱海町方面に向けて歩行していたところ、道路外から右歩道を横断して車道に左折進入しようとした被告荒木忠能(以下「被告荒木」という。)運転の大型貨物自動車(福島一一か六九〇二号のトラクタ部分と福島八八こ三四号のトレーラー部分とからなる大型トレーラー、以下「被告者」という。)に衝突された(以下「本件事故」という。)。

(二) 原告は、本件事故により、左上腕骨骨折、左大腿骨骨折、右下腿骨骨折、両下肢皮膚欠損等の傷害(以下「本件傷害」という。)を受けた。

2  被告らの責任

(一) 被告拓進運輸株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告荒木は、前記のとおり、被告車を運転して道路外から歩道を横断して車道に左折進入しようとしたものであるが、このような場合、自動車運転者としては、歩道手前で一時停止した後、再発進するにあたつては、前方左右を注視し進路の安全を確認してから発進すべき注意義務があるものというべきである。しかるに同被告は、これを怠り、歩道手前で一時停止した後、再発進するにあたり、右方道路の状況に気を奪われて、左方の歩道上の安全を確認しないまま、毎時約五キロメートルの速度で発進進行した過失により本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の損害

(一) 治療経過及び後遺障害

(1) 原告は、本件傷害につき、昭和六〇年一〇月四日から昭和六一年一二月五日まで寿泉堂綜合病院に入通院(入院日数三五七日、実通院日数一一日)して治療を受けた。

(1) 原告は、本件傷害について右のとおりの治療を受けたが、昭和六一年一二月五日、左上下肢の関節機能障害、筋萎縮及び筋力低下、両下肢の知覚鈍麻、醜状痕等の後遺障害を残して症状が固定した。このため原告は、同日以後、従前のように満足な仕事をすることができない状態にあるが、右後遺障害のうち、〈1〉左上肢の関節機能障害、筋萎縮及び筋力低下は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「自賠法施行令等級表」という。)の一二級に該当し、〈2〉左下肢の関節機能障害、筋萎縮及び筋力低下は、同表の一〇級に該当し、〈3〉両下肢の知覚鈍麻は、同表の一四級に該当し、〈4〉両下肢の醜状痕は、同表の一四級に該当するものであるから、これらを総合すると、原告の後遺障害は、同表の九級に相当する。

(二) 原告の損害額

(1) 治療費 七六六万四〇七〇円

原告は、本件傷害の治療費として七六六万四〇七〇円の支払を要した。

(2) 付添看護費 一五七万八二四〇円

原告は、その入院期間のうち少なくとも一七八日間については付添看護を要する状態にあり、付添看護費として一五七万八二四〇円の支払を要した。

(3) 入院雑費 三五万七〇〇〇円

原告は、その入院期間中、雑費として少なくとも三五万七〇〇〇円の支払を要した。

(4) 通院交通費 五四〇〇円

原告は、寿泉堂綜合病院への通院交通費として少なくとも五四〇〇円の支払を要した。

(5) 休業損害 二一〇万五〇〇〇円

原告は、昭和一五年八月二日生まれの男子で、本件事故当時、福島県郡山市富久山町久保田字古坦五〇番地所在の株式会社福島県食肉流通センター(以下「食肉流通センター」という。)に臨時社員として勤務していたが、本件事故に遭遇して本件傷害を受けたため、前記のとおり、昭和六〇年一〇月四日から昭和六一年一二月五日まで入通院治療を余儀なくされて全く稼働することができず、また、この間の昭和六〇年一二月一五日には同センターを解雇されて、その後現在に至るまで定職に就くことができない状況にある。右治療期間中の原告の休業損害は、二一〇万五〇〇〇円である。

(6) 後遺障害による逸失利益 二〇〇三万〇一四六円

原告の後遺障害は、前記のとおり、自賠法施行令等級表の九級に相当するものというべきであるが、原告は、本件事故に遭遇することがなければ、症状固定時から六七歳に至るまでの二一年間にわたつて、賃金センサス昭和六〇年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高等学校卒・全年齢の平均賃金額である四〇五万七七〇〇円を下らない年収を得ることができたものであるから、右金額を基礎に、労働能力喪失率を三五パーセントとし、新ホフマン方式により中間利息を控除して前記後遺障害による原告の逸失利益を算定すると、その額は二〇〇三万〇一四六円となる。

(7) 傷害慰藉料 五二二万五〇〇〇円

原告は、本件傷害の治療のために長期間の入通院を必要としたが、これによる精神的苦痛を慰藉するためには少なくとも五二二万五〇〇〇円の支払を要する。

(8) 後遺障害慰藉料 五四〇万円

前記後遺障害による原告の精神的苦痛を慰藉するためには少なくとも五四〇万円の支払を要する。

(9) 損害の填補 一三九六万七四一〇円

原告は、本件事故による損害の一部として、被告らから一三九六万七四一〇円の支払を受けた。

(10) 弁護士費用 三一五万五七四四円

4  よつて、原告は、被告らに対し、連帯して、三一五五万三一九〇円及びこれから弁護士費用相当額を控除した内金二八三九万七四四六円に対する本件事故日以後の日である昭和六〇年一〇月五日から、弁護士費用相当額の内金三一五万五七四四円に対する同じく本件事故日以後の日である昭和六三年四月一二日(被告会社に対しては同月一三日)から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(2項を除き、被告ら共通)

1  請求原因1(事故の発生)のうち、原告主張の日時、場所において本件事故が発生し、原告が本件傷害を受けたことは認めるが、原告が本件事故現場を歩行中に本件事故が発生したとの点は否認する。本件事故は、原告が原告車に搭乗しこれを運転していたときに被告車が衝突したものである。

2(一)  被告会社

同2(被告らの責任)(一)のうち、被告会社が被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは認めるが、同被告が原告に対し損害賠償義務を負う旨の主張は争う。

(二)  被告荒木

同2(被告らの責任)(二)の主張は争う。

3  同3(原告の損害)のうち、(1)、(2)及び(9)は認め、その余は不知。

三  抗弁(過失相殺、被告ら共通)

本件事故の発生については、原告にも次のとおりの過失があるので、損害賠償額の算定にあたつては、原告の右過失を斟酌すべきである。すなわち、原告は、原告車に搭乗した上で、これを運転して本件事故現場の歩道上をいわき市方面から熱海方面に向けて進行していたのであるが、原告が本件事故現場付近に差しかかつたときには、既に被告車が歩道手前で一時停止し、右歩道を横断して車道に左折進入しようとしていたのであるから、このような場合、原告車を運転する原告としても、被告車の動静に注意し、一時停止して被告車を先に進行させる等の措置を講ずるべき注意義務を負つていたものというべきである。しかるに原告は、これを怠り、漫然と被告車の前を通過しようとして本件事故に至つたものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁の主張は争う。

第三証拠

証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実のうち、原告主張の日時、場所において本件事故が発生し、原告が本件傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない乙第一ないし第一二号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、本件事故の態様等は次のとおりであると認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件事故現場付近の状況は、別紙交通事故現場見取図記載のとおりである。すなわち、本件道路は、いわき市方面から熱海町方面に通じる国道四九号線であり、幅員約一・五メートルの中央分離帯で区分された片側各二車線の車道部分と、その両側に設けられた歩道部分とからなつている。このうち車道部分の幅員は、熱海町方面からいわき市方面に向かう北東側の二車線(以下「北東側車線」という。)が合計約八メートルで、いわき市方面から熱海町方面に向かう南西側の二車線が合計約八・二メートルであり、歩道部分の幅員はいずれも約二・二メートルである。本件事故のあつた北東側歩道部分(以下「北東側歩道」という。)の北東側の道路外には、被告会社の喜久田営業所があり、その南東側(いわき市方面側)には、セブンイレブンの喜久田店があるが、本件事故現場付近は、同店の店内照明及び外部照明により夜間でも比較的明るく保たれている。

2  被告荒木は、昭和六〇年一〇月四日午後九時五五分ころ、被告車を運転して被告会社の喜久田営業所を出発し、北東側歩道を横断して北東側車線に左折進入するため、同歩道の手前で一時停止し、同車線を進行する車両等の通過を待つた。そして、右方(熱海町方面)からの進行車両が途切れた後、右方からの他の車両の有無に注意しながら毎時約五キロメートルの速度で再発進して北東側歩道を横断し、北東側車線のうちの中央分離帯寄りの車線に左折進入していわき市方面に進行したが、その進行中「キーキー」という何かのこすれる音が聞こえたため、再発進後約三五・八メートル左折進行した地点で停止し、被告車の下部に巻き込まれている原告車を発見して本件事故を惹起させたことに気がついた。

3  一方、原告は、同日時ころ、右セブンイレブン喜久田店で買い物をした後、前照灯を点灯させた原告車を運転して北東側歩道をいわき市方面から熱海町方面に向けて進行し、本件事故現場の約一〇メートル手前の地点において、前照灯を点灯させた被告車が道路外で一時停止しているのを認めたが、同車の前を先に通過できると考えてそのまま進行したところ、右側から被告車に衝突されて転倒し、前示のとおり同車の下部に巻き込まれて本件傷害を受けるに至つた。

二  そこで請求原因2(被告らの責任)の事実について判断する。

1  被告会社が被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないから、被告会社は、自賠法三条本文に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

2  被告荒木は、前示のとおり、被告車を運転して道路外から北東側歩道を横断して北東側車線に左折進入しようとしたものであるが、このような場合、自動車運転者としては、横断しようとする歩道上を進行する歩行者、自転車等のあることを知り又は知りうべきものであるから、歩道手前で一時停止した後、再発進するにあたつては、前方左右を注視し進路の安全を確認してから発進すべき注意義務があるものというべきである。しかるに同被告は、これを怠り、北東側歩道手前で一時停止した後、再発進するにあたり、右方からの車両の有無には注意したものの、左方から進行してくる歩行者等の安全を確認しないまま、毎時約五キロメートルの速度で発進進行した過失により本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

三  進んで請求原因3(一)(治療経過及び後遺障害)の事実について検討することとする。

1  いずれも成立に争いのない甲第二号証、乙第一四号証及び鑑定の結果並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、本件事故後直ちに救急車で寿泉堂綜合病院に搬送され、本件傷害につき、昭和六一年一二月五日まで同病院に入通院(入院日数三五七日、実通院日数一一日)して治療を受けた。

(二)  原告は、本件傷害について右のとおりの治療を受けたが、昭和六一年一二月五日症状固定の診断を受け、次のとおりの症状を残した。

(1) 上下肢の関節機能障害

ア 左肩関節の運動可能領域が、屈曲、伸展、外転、内転及び内旋については、健側の右肩関節と同程度に保たれているが、外旋については、健側の右肩関節が〇度から九〇度であるのに対し、左肩関節は〇度から四五度に制限されている。

イ 左肘関節の運動可能領域が、回内、回外については、健側の右肘関節と同程度に保たれているが、屈曲については、健側の右肘関節が〇度から一五〇度であるのに対し、左肘関節は〇度から一三〇度に制限され、また、伸展についても、健側の右肘関節が〇度から五度であるのに対し、左肘関節は〇度に制限されている。

ウ 左股関節の運動可能領域が、屈曲につき、健側の右股関節が〇度から一四〇度であるのに対し、左股関節は一〇度から一二〇度に制限され、外転につき、健側の右股関節が〇度から三五度であるのに対し、左股関節は〇度から三〇度に制限され、内転につき、健側の右股関節が〇度から三〇度であるのに対し、左股関節は〇度から二〇度に制限され、外旋につき、健側の右股関節が〇度から五〇度であるのに対し、左股関節は〇度から三〇度に制限され、内旋につき、健側の右股関節が〇度から三〇度であるのに対し、左股関節は〇度に制限されている。

エ 左膝関節の運動可能領域が、屈曲について、健側の右膝関節が〇度から一三〇度であるのに対し、左膝関節は一〇度から一二〇度に制限されている。

オ 左足関節の運動可能領域が、背屈につき、健側の右足関節が〇度から二〇度であるのに対し、左足関節は〇度から五度に制限され、底屈につき、健側の右足関節が〇度から四〇度であるのに対し、左足関節は〇度から三〇度に制限されている。

(2) 筋力低下

右上下肢の各筋肉の筋力は、いずれも正常であり、五段階評価をした場合には、強い抵抗を加えてもなお重力に打ち勝つて完全に動くことを示す最上位の五と評価されるが、左上肢の三角筋、上腕二頭筋、左下肢の腸腰筋、股外転筋、股内転筋、大殿筋、大腿四頭筋、大腿屈筋、前脛骨筋の筋力は、これよりもやや劣り、いくらか抵抗を加えてもなお重力に打ち勝つて完全に動くことを示す四と右の五との中間位であるマイナスと評価され、また、左下肢の長母趾伸筋長趾伸筋の筋力は、これよりも更に劣り、右の四と評価される。

(3) 筋萎縮

上肢の周径は、上腕の肘頭上一〇センチメートルの部位で、右が二六センチメートルであるのに対し、左は二五センチメートル、前腕の最大部位で、右が二四センチメートルであるのに対し、左は二三・五センチメートルである。また、下肢の周径は、大腿の膝蓋骨上一五センチメートルの部位で、右が四六・五センチメートルであるのに対し、左は四一・五センチメートル、大腿の膝蓋骨上一〇センチメートルの部位で、右が四一センチメートルであるのに対し、左は三八・五センチメートル、大腿の膝蓋骨上五センチメートルの部位で、右が三五センチメートルであるのに対し、左は三三センチメートルである。

(4) 知覚障害

左手指及び両膝以下の領域に軽度の知覚鈍麻があるが、本件事故に起因する特に病的な反射は認められない。

(5) 醜状痕

ア 右下肢

大腿部に植皮片採取瘢痕を残し、下腿部に約一〇センチメートル×約一二センチメートルの大きさの植皮瘢痕と約一五センチメートルの長さの挫創瘢痕を残している。

イ 左下肢

大腿部に約一八センチメートルの長さの挫創瘢痕と約八センチメートル×約一二センチメートルの大きさの植皮瘢痕を残し、下腿部に約六センチメートル×約一〇センチメートルの大きさの植皮瘢痕と約一五センチメートルの長さの挫創瘢痕を残している。

(三)  右のような症状があるため、原告は、日常生活において、〈1〉杖は不要であるが、約二〇〇メートル歩行すると、左膝を中心として左下肢に疲労感、痛みが出現する、〈2〉手すりは不要であるが、階段を速く上つたり下つたりすることができない、〈3〉正座をすることができない、などの支障を来している。

2  原告は、その内容・程度に照らすと、原告の後遺障害は自賠法施行令等級表の九級に相当するものであると主張するので、以下この点について検討することとする。

(一)  まず、左上肢の関節機能障害、筋萎縮及び筋力低下について検討する。

自賠法施行令等級表の一二級六号(「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」)に定める「一関節の機能に障害を残すもの」とは、各関節における主要な運動につき、その運動可能領域が、健側の運動可能領域の四分の三以下に制限されているものをいうと解するのが相当である。

右に認定した事実によれば、原告の左肩関節の運動可能領域が、外旋につき、健側の約二分の一に制限されていることを認めることができるが、肩関節における主要な運動である屈曲、伸展、外転については、健側と同程度に保たれていることが認められる。したがつて、左肩関節の機能障害について、同表一二級六号の適用を認めることはできない。また、同じく右認定の事実によれば、原告の左肘関節の運動可能領域が、屈曲、伸展につき、それぞれわずかに制限されていることを認めることができるが、その程度は、健側の運動可能領域の四分の三以下に至つていないものであるから、左肘関節の機能障害についても、同表一二級六号の適用を認めることはできない。

なお、原告の左上肢には、前示のとおり、軽度の筋萎縮及び筋力低下が残存していることを認めることができるが、その内容・程度に照らして、この認定を左右するものではない。

(二)  次に、左下肢の関節機能障害、筋萎縮及び筋力低下について検討する。

自賠法施行令等級表の一〇級一一号(「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」)に定める「一関節の機能に著しい障害を残すもの」とは、各関節における主要な運動につき、その運動可能領域が、健側の運動可能領域の二分の一以下に制限されているものをいい、また、同表の一二級七号(「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」)に定める「一関節の機能に障害を残すもの」とは、各関節における主要な運動につき、その運動可能領域が、健側の運動可能領域の二分の一を超え四分の三以下に制限されているものをいうと解するのが相当である。

右に認定した事実によれば、原告の左股関節の運動可能領域が、屈曲、外転、内転、外旋、内旋につき、それぞれ制限されていることを認めることができるが、股関節における主要な運動である屈曲、伸展についての制限の程度は、いまだ健側の四分の三以下に至つていないものであるから、左股関節の機能障害について、同表一〇級一一号又は一二級七号の適用を認めることはできない。また、右認定の事実によれば、原告の左膝関節の運動可能領域が、わずかに制限されていることを認めることができるが、その程度は、健側の運動可能領域の四分の三以下に至つていないものであるから、左膝関節の機能障害についても、同表一〇級一一号又は一二級七号の適用を認めることはできない。しかしながら、右認定の事実によれば、原告の左足関節の運動可能領域が、背屈と底屈とを合わせて、健側の右足関節が六〇度であるのに対し、三五度に制限されていることを認めることができる。したがつて、左足関節の機能障害については、健側の運動可能領域の二分の一を超え四分の三以下に制限されているものとして、同表一二級七号に該当するものというべきである。

なお、原告の左下肢には、前示のとおり、軽度の筋萎縮及び筋力低下が残存していることを認めることができるが、その内容・程度に照らして、この認定を左右するものではない。

(三)  さらに、両下肢の知覚鈍麻について検討するに、右に認定したとおり、原告の左手指及び両膝以下の領域に軽度の知覚鈍麻があることを認めることができるが、その内容・程度に照らすと、同表の一四級一〇号の適用を認めることはできない。

(四)  最後に、両下肢の醜状痕について検討するに、右に認定した醜状痕の内容・程度に照らすと、各下肢の醜状痕は、自賠法施行令等級表の備考六に従い、それぞれ同表の一二級に相当するものというべきである。

(五)  そうすると、原告には、自賠法施行令等級表の一三級以上の等級に該当する後遺障害が二以上存するものであるから、原告の後遺障害は、自賠法施行令二条一項二号ニに従い、これらを併合して、同表の一一級に相当するものというべきである。鑑定の結果中、以上の認定に反する部分は、右に示した理由により採用することができない。

四  そこで原告の損害額について判断する。

1  治療費 七六六万四〇七〇円

原告が、本件傷害の治療費として七六六万四〇七〇円の支払を要したことは当事者間に争いがなく、この金額は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

2  付添看護費 一五七万八二四〇円

原告が、その入院期間のうち少なくとも一七八日間について付添看護を要する状態にあり、付添看護費として一五七万八二四〇円の支払を要したことは当事者間に争いがなく、この金額は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

3  入院雑費 三五万七〇〇〇円

前示のとおり、原告は、本件傷害の治療のため寿泉堂綜合病院に合計三五七日間の入院を要したところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、右入院期間中相当額の雑費の支出を余儀なくされたものと推認することができ、本件傷害の内容・程度に照らすと、右雑費は、日額一〇〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるから、三五七日間では三五万七〇〇〇円となる。

4  通院交通費 五四〇〇円

前示のとおり、原告は、本件傷害の治療のため寿泉堂綜合病院に合計一一日間の通院を要したところ、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が右通院に際し、交通費として五四〇〇円の支払を要したことを認めることができる。

5  休業損害 二一三万八六〇〇円

(一)  いずれも成立に争いのない甲第三号証、同第五号証及び同第七号証並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、昭和一五年八月二日生まれの男子で、昭和三八年三月に福島県立岩瀬農業高等学校を卒業後、千葉県の松戸市役所、坂川土地改良区に勤務し、昭和四五年一〇月に同改良区を辞めてからは、郷里である住所地に戻つて農業手伝いの仕事をしていたが、昭和六〇年九月二日に食肉流通センターの臨時社員として入社した。原告が入社した当時における同センターの給与及び諸手当の支給基準では、給与として日額四六〇〇円、職場手当として月額六〇〇〇円、皆勤手当として月額三〇〇〇円(ただし、一日欠勤の場合は一五〇〇円、二日欠勤の場合は五〇〇円となる。)、通勤手当として月額二四〇〇円が、毎月一五日締めで計算して支払われる(ただし、日曜日と国民の祝日は休日となる。)ものと定められており、原告は、右支給基準に従い、同年九月分の給与等(同月九月二日から同月一五日までの間に一二日稼働)として六万二一〇〇円、同年一〇月分の給与等(同月一六日から同年一〇月四日までの間に一八日稼働)として九万一二〇〇円の各支払を受けていたが、本件事故に遭遇して本件傷害を受けたため、右治療期間中全く稼働することができず、また、この間の同年一二月一五日には同センターを解雇されて、現在に至るまで定職に就くことができない状況にある。

なお、食肉流通センターの支給基準においては、年一回四月に昇給が実施されることとなつており、原告と同じ時期に同センターに入社し、原告と同種の業務に従事していた臨時社員(以下「同期入社従業員」という。)に対する給与及び諸手当の額は、昭和六一年四月の昇給により給与が日額四八〇〇円に、昭和六二年四月の昇給により給与が日額五〇〇〇円に、昭和六三年四月の昇給により給与が日額五二五〇円、通勤手当が月額二七〇〇円に、平成二年四月の昇給により給与が日額五六三〇円、職場手当が一万円に、平成三年四月の昇給により給与が日額六一七〇円に、それぞれ増額改定されて現在に至つている。また、同期入社従業員に対する賞与の支給実績は、昭和六〇年の年末賞与が一万円、昭和六一年の夏期賞与が〇・八五か月分(給与額の〇・八五倍を示す。以下同じ)、同じく年末賞与が一・八か月分、昭和六二年の夏期賞与が〇・九七か月分、同じく年末賞与が一・〇一か月分、昭和六三年の夏期賞与が〇・九三か月分、同じく年末賞与が一・一一か月分、平成元年の夏期賞与が〇・八七か月分、同じく年末賞与が一・三三か月分、同じく年度末手当が〇・三か月分、平成二年の夏期賞与が〇・九七か月分、同じく年末賞与が一・八五か月分、同じく年度末手当が〇・四八か月分であつた。

(二)  右認定の事実によれば、原告は、本件事故に遭遇して本件傷害を受けることがなければ、本件事故後も食肉流通センターに勤務して給与等の支払を受けることができたものと認められるが、同期入社従業員に対する給与、賞与及び諸手当の支給状況に照らすと、本件事故の日の翌日である昭和六〇年一〇月五日から症状固定の日である昭和六一年一二月五日までの原告の休業損害の額は、次の(1)ないし(4)の金額を合計した二一三万八六〇〇円と認めるのが相当である。

(1) 昭和六〇年一〇月五日から昭和六一年三月三一日までの給与相当額

4,600(日給額)×145=667,000

(2) 昭和六一年四月一日から同年一二月五日までの給与相当額

4,800(日給額)×205=984,000

(3) 昭和六〇年一〇月五日から昭和六一年一二月五日まで一四か月間の職場手当、皆勤手当及び通勤手当相当額

(6,000+3,000+2,400)×14=159,600

(4) 昭和六〇年一〇月五日から昭和六一年一二月五日までの賞与相当額

10,000+(4,800×25×2.65)=328,000

6  後遺障害による逸失利益 四四三万六八七九円

(一)  前示のとおり、原告の後遺障害は、自賠法施行令等級表の一一級に相当するものというべきであるが、その内容・程度に照らすと、原告は、右後遺障害により症状固定時から六七歳に至るまでの二一年間にわたつて、その労働能力を二〇パーセント喪失したものと認めるのが相当である。そして、前示のような同期入社従業員に対する給与、賞与及び諸手当の支給状況に照らすと、原告は、本件事故に遭遇して本件傷害を受けることがなければ、少なくとも症状固定時において同期入社従業員が得ていたのと同程度の年収を得ることができたものと推認されるから、同期入社従業員の昭和六一年の給与日額四八〇〇円に基づき、一か月間に二五日稼働し、月額六〇〇〇円の職場手当、月額三〇〇〇円の皆勤手当及び月額二四〇〇円の通勤手当に加え、給与額の二か月分程度の賞与の支給を受けるものとして、その年収額を算出すると一八一万六八〇〇円となる。そこで、右金額を基礎に、ライプニツツ方式により中間利息を控除して、右後遺障害による原告の逸失利益の本件事故時における現在価額を算出すると、その額は次のとおり四四三万六八七九円(一円未満切捨て)となる。

1,816,800×0.2×(13.1630-0.9523)=4,436,879

(二) 原告は、本件事故に遭遇して本件傷害を受けることがなければ、賃金センサス昭和六〇年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高等学校卒・全年齢の平均賃金額である四〇五万七七〇〇円を下らない年収を得ることができたとし、右後遺障害による原告の逸失利益を算定するにあたつては、右金額を基礎とすべきである旨主張するが、本件事故に遭遇するまでの原告の就労状況とこれに基づく収入の状況、本件事故時の原告の年齢等を考慮すると、原告が将来右平均賃金額を下らない年収を得ることができたと認めることは困難であるといわざるをえないから、原告の右主張を採用することはできない。

7 慰藉料 八〇〇万円

本件事故の態様、本件傷害の内容、入通院期間、治療経過、原告の後遺障害の内容・程度等(具体的には、本件事故が大型トレーラーの下部に巻き込まれたという態様の事故であること、本件傷害がほぼ全身にわたる重篤なものであること、原告の後遺障害は自賠法施行令等級表の一一級に相当するものではあるが、前示のとおり同表の等級に該当しない複数の後遺障害が残存していること等)、本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、原告が本件事故により被つた精神的苦痛を慰藉するためには、八〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。

8 過失相殺について

一項で認定した本件事故の態様によれば、原告は、前照灯を点灯させた原告車を運転して北東側歩道をいわき市方面から熱海町方面に向けて進行していたものであるが、原告が本件事故現場付近に差しかかつたときには、既に被告車が同歩道手前で一時停止し、右歩道を横断して車道に左折進入しようとしていたのであるから、このような場合、原告車を運転する原告としても、被告車の動静に注意し、適宜減速するなどの措置を講ずべき注意義務を負つていたものというべきである。しかるに原告は、これを怠り、漫然と被告車の前を通過しようとして本件事故に至つたものである。

したがつて、本件事故は、被告と原告の各過失が競合して発生したものというべきであるが、双方の過失を対比検討した場合に、被告の過失の方が原告の過失よりも圧倒的に大きいことは疑う余地のないところであり、原告の損害賠償の額を定めるにあたつては、原告の右過失を斟酌して前記損害額から五分を減額するのが相当である。

そうすると、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、二二九七万一一七九円(一円未満切捨て)となる。

9 損害の填補 一三九六万七四一〇円

原告が、本件事故による損害の一部として、被告らから一三九六万七四一〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右金額は原告の前記損害額に対する填補に充てられるべきである。

したがつて、右金額を前記損害額から控除すると、原告が被告らに対して賠償を求めうる額は、九〇〇万三七六九円となる。

10 弁護士費用 一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認容額等に照らし、原告が本件事故による損害として被告らに対して賠償を求めうる額は、一〇〇万円と認めるのが相当である。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、連帯して一〇〇〇万三七六九円及びこれから弁護士費用相当額を控除した内金九〇〇万三七六九円に対する本件事故日以後の日である昭和六〇年一〇月五日から、弁護士費用相当額の一〇〇万円に対する同じく本件事故日以後の日である昭和六三年四月一二日(被告会社は同月一三日)から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石原稚也)

別紙 〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例